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2008年1月22日 (火)

父の入院

保険家経営者の父が1月19日の夕方、高血圧症脳内出血で倒れ緊急入院しました。父はこの3月で59歳。まだまだそんなことはないだろう…、そんなことすら考えていませんでした。

一報が入ったのは20:50。携帯のディスプレイに表示されたのは父の名前。珍しいな、と思いつつ電話に出たところ、聞こえてきたのは母の声。日頃から事故報告を受けている保険家の経験からでしょうか…。すぐに悪い知らせだと感じました。ただそれはいずこの親戚だろう、程度でまさか父だとは…。

母は『父倒れる』の一報をまとまりなく説明し、2人の弟達に兄から知らせるよう保険家経営者に指示。それから長兄だけでも帰阪して欲しいと。すぐに弟達に知らせ、翌日始発で出かけるために家内と慌ただしく荷物を作りました。

5時前の電車に乗るはずが、その夜は寝付けず、目をつぶったのは3時を過ぎていました。家内もその時間近くまで起きていましたが「お父さんも眠れないでしょう。だった私がお父さんの様な状態だったら、目をつぶったが最後目を覚ませないのでは、と考えると怖くて眠れない」と心配してくれていました。後で聞いた話ですが、父はその晩熟睡していたそうです。まぁ、昔から眠ることが大好きな人でしたから…。

始発の新幹線で帰阪。面会時間の12時を待って病院へ。集中治療室のベッドで父は起きていました。母と私を見るや、母に「自分が死んだら…、自分が植物人間になったら…。」ロレツのはっきりしない言葉、悲壮感あふれる表情で語りかけていました。

目は見えているようでした。少し視界が狭そうでしたが焦点はしっかりしていました。耳も聞こえていました。ただ左手左足の感覚が無く動かすことも出来ず、言葉を発するのも少したいへんな”作業”のようでした。

保険家経営者は父に言いました。「オトンは自分が治ることだけ考えろ。後のこと、オカンのことは3兄弟がおる。3兄弟はオトンが残した”毛利の3本の矢”(これはオトンの昔からの口癖)。何の心配も要らん!」それに対して父から帰ってきた言葉・・・。

『お前も酒とタバコを程々にしろ。』

保険家経営者、唖然・・・・・・・・・・。そして反論。

『オトンも自業自得やな・・・・・。』そして更に追い打ち。

『あっちに行ったオジイもまだオトンのことを呼んでない。オトンがあっちに行ったらオジイがあっちで自分の飲む酒が減って迷惑らしいで。』

叔母、叔父夫婦が到着。叔母が昔から言っていた言葉。この日も掛けてくれた言葉。昔から言っていたのはこの日のための布石だったのだろうか。『兄ちゃんは運が強いから!!!』

夕方、再度面会に行った時、オトン、動く右手でグーチョキパー!!!!!

翌日、早くもリハビリ開始。その光景を見届けて保険家経営者は病院を後に帰京。心配掛けた家内や子供たちへのお土産は551蓬莱の豚まんと焼売。それと父回復の兆しの報告。

今日は母からの電話でお粥とシチューとポッキーを食したらしい。しかもオトンは「果物が食べたい」と。眠ることの次に食べることも好きな父だった。大好きな母の手料理を食べられるようになる日もそう遠くないと信じてる。

オトン、早よ元気になってな!リハビリ頑張って。早く長嶋さんみたいに元気な姿を見せてな!!

追伸 Mネェちゃん、Yニィちゃん、Kネェちゃん、おばあちゃん。病院駆けつけてくれたり、車出してくれたり、そして何よりオトンを励ましたってくれてありがと。って身内同士で掛け合う言葉では無いかも知れへんけど、生意気かも知れへんけど、多謝多謝多謝です。

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コメント

お父様お見舞い申します。
遠方だけに、お疲れさんでした。
母様も長男さんの貴方の姿見てホッと、息次がれたことでしょう。家族の協力、温もりが患者さんの回復に力強い援護力になりましょう。
付き添う母様が今後の介護となりましょうから、ご家族の影ながらの励まし労わりを・・・なさって上げて下さいませね。

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